stardust popcorn

アカデミー時代のキースとディノ



 コーラをたくさん買うんだ、とディノは言う。

「俺はそんな甘いのたくさん飲めねーぞ」とキースが返すと、だからって制服でビールとかは買えないだろ? と彼は真面目くさった顔で振り向いて言った。

 実際イーストのスタジアムに着くと、ディノはコーラそっちのけで食べ物ばかりを買い求めた。Lサイズのポップコーン、ナチョス、ホットドッグ、ピザ、そのどれもがキースの胃には重すぎるものだった。しかし隣の、決して太ってなどいない少年はそういったものばかりをいつも好んで食べるわりには一切体型に反映されない。歳とってくるとやべーやつかな、と思いながらキースは二人分のコーラを注文した。

 試合はどうやらディノの贔屓のチームが勝ったらしい。もとよりキースは勝敗に興味はない。そもそも野球自体にさしたる関心もない。いつものようにディノに誘われて、授業のノートのコピーを条件に断れずについてきたのだった。

 なので試合中は暇つぶしも兼ねて、食べ続けるディノの観察をしていた。横目で見ているとまず最初にピザを食べた。好物であるし、温かいうちに食べたいだろうから当然だろう。次にナチョスを平らげ、ホットドッグを飲み込み、最後のポップコーンでやっと「キースも食べるか?」と差し出してきた。

「お前コーラ全然飲んでねえじゃねーか、喉詰まるぞ」

「あ、咀嚼に忙しくて忘れてた」

 と話すのと同時にホームランで周囲が沸いて、ディノも楽しげにグラウンドに目線を落とした。


 二人がスタジアムを後にする頃にはすっかり夜になっていた。

 ディノはぬるくなって汗をかいたコーラの紙コップを手にしており、キースはディノに渡されたポップコーンをもそもそと口に入れていた。

「なあキース、まだ帰らないだろ? 俺コーラまだ全然飲んでないし、お前のポップコーンも残ってるし!」

「残ってるし!じゃねえよ、お前が残り押しつけてきたんだろうが。俺の夕食今日これだぞ」

「え!じゃあなんか食べにいこ!」

「お前どんだけ食べるんだよ、腹膨らみすぎて死ぬぞ」

 と言ったところで目の前の少年の体型は特に変わりない。あの大量の食べ物は一体どこに消えたのかとキースは軽い恐怖すら感じた。そんなことにはお構いなしでディノはぬるいコーラを一口飲むと、唐突に明るい笑みをたたえて言った。

「イーストだし、今から海行こう!」

 唐突過ぎる提案に唖然とするキースの手は次の瞬間にはもうディノに引っ張られていた。されるがままによたよたと歩き出すと抱えたカップからポップコーンがふたつみっつ零れ落ちた。あーあ、とキースは嘆息する。ポップコーンが零れた事になのか、いつもこうやって強引に連れ回されて辟易しつつも実はまんざらでもない事になのかは自分でもわからなかった。


 夜の海は彼らの他に誰もいなかった。

「やっぱり夜はちょっと冷えるなー」

「そろそろ夏も終わりだからな」

 目の前のディノの後ろ頭のはねた髪が潮風に揺れるのが気になって、キースはつい手で押さえた。頭上に手のひらを置く形になる。ディノは振り向いて、一瞬驚いたような顔をするも、すぐに水色の目を猫のように細めて笑った。

「なになに、頭撫でてくれんの」

「いや、寝癖が気になった」

「寝癖じゃないよー、俺ちょっとくせっ毛なんだよ。触ってみてよ」

 今度は飼い主から撫でられるのを待つ犬のようになってディノは少しキースに頭を近づけた。なんかいそがしいやつだな、とキースは内心で呟いて、ピンク色の髪を撫でた。

「ていうか、くせっ毛って触ってわかるもんなのか? よくわかんねーぞ」

「わかるわかる、もっと触ればわかる」

「…適当言ってんな」

 わしゃわしゃと髪を混ぜてやるとディノは楽し気に笑い声をあげた。

「はー、そういえばここ海だったし、俺ちょっと入ろうかな。キースも行こうよ」

「やだよ俺は。絶対濡れるだろ」

「ズボン捲ればいいし、波打ち際だし、大丈夫でしょ」

「入らねぇ。しかも俺いまだにポップコーン抱えてんだぞ」

「じゃあ食べ終わったら来いよ!」

 果てしなく自己中心的な言葉を笑顔で言い残してディノは波打ち際へと走っていった。

 砂浜に座り、萎び始めた残りのポップコーンを口にしながらキースははしゃぐディノを見ていた。

 大き目の波に太腿のあたりまで濡らされた瞬間の彼の悲鳴には少し笑ってしまったが、ちょうどポップコーンも無くなったので、立ち上がって近くへ行くことにした。泣きそうな顔のディノも、びしょ濡れのズボンで波打ち際から歩いてくる。

「あー最悪だよ、捲った意味もないし」

「言わんこっちゃねぇな、さすがにもう帰るだろ」

「うん……下半身が寒い」

 さっきまではしゃいでいたのが嘘のようにしゅんとしている。くるくると目まぐるしく変わる感情も表情も自分にはないものだ。羨ましくはないが、見てて飽きないのはいいことかもな、とキースは思う。

 隣を歩くディノがくしゃみをした。

 

 嫌な予感はしていたが、やはりディノは風邪を引いた。

 おかげでキースは、ディノのノートをあてにして欠席するつもりでいた苦手科目に出なければならない羽目になってしまった。

「なあ、俺この間野球に連れていかれたの損しかしてないと思うんだけど」

 数日後、クワトロミルフィーユ生地のチーズまみれピザに噛り付く病み上がりのディノにそう言うと、デートに損も得もないでしょ、と当然のように返されたので、キースはテーブルの上の、ピザの残りが乗った皿を無言で取り上げた。

「……わかったよ、じゃあ今度はキースの行きたいとこに行こう?」

 言いながら、ディノは素早く皿を取り戻した。

「いや、そういうことじゃねぇから」

 キースが悔し紛れにピザの一切れを奪って噛ると、「ピザ屋巡りに決まったな」と言ってディノは笑った。