ガンスリンガーのレンのカドスト後のつもりのお話
思えばいつも俺がひとりで怒っている気がするが、だからと言って怒り返されたり挙句に指図されたりすると腹が立つのは分かり切っている。
あいつの前でまるで俺はただのガキでしかないのだった。
二歳の歳の差、それ自体はどうということもないものである筈なのにレンは身を以てその厄介さを思い知らされようとしていた。
自分の舎弟や、どうかすると弟などと同類の存在として見られているのだという紛れもない事実。それに気づいた瞬間も、目の前の男は何も知らずに善意からでしかない笑顔と共にレンにグラスを手渡してきた。裏腹に沈んでいく気持ちを感じながら、目を伏せてそれを受け取った。
そのスポーツドリンクは言われた通り確かに甘くなかった。今ばかりは自然と顰めてしまう眉を甘ったるい人工甘味料のせいにしてしまいたかったが、皮肉にもそれはできない。
「なんか変な顔してんな、好きじゃなかったか?」
「……いや」
飲み下して思う。
どうして自分はこんなにも苛立っているのだろう。
例えオフの日であっても街を歩いていてイクリプスに遭遇したら即座に臨戦態勢に入るのが務めである。セクターの担当者がいつでも間髪入れず駆けつけられる訳ではない。
その時レンはオフで、レッドサウスのアキラの実家に寄り、着替えの私服等をタワーに持ち帰る途中だった。例によってうろつき続けてタワーからは程遠い場所に来てしまい暫く休憩していると、エマージェンシーを告げる警報が鳴り響いた。敵の数はそれほど多くもないしレベルもさほどではないとはいえ、素早さに特化した個体だったようで、対峙したレンは瞬く間に間合いを詰められた。
銃撃主体から近接戦闘に態勢を切り替えようとする刹那にレンの頬をイクリプスの拳が掠った。唇の横から頬にかけてを硬い感触と摩擦熱が走り、一寸遅れて痛みが来た。
舌打ちののちに苛立ちに任せてカウンターを打ち込むと、あとは幾分冷静になり、最近鍛錬に力を入れていた近接戦闘の実践も兼ねて敵を殲滅していった。
終わってみると呆気ない。大したレベルではなかったので体術の練習台程度の感覚だった。実戦に取り入れるにはもう少し精度を上げたほうがいい、と考えながら血の滲み出した唾液を吐き捨てた。頬に手を当てると熱を持ち始めていた。
タワーに帰るべく歩き始めると自動販売機が目に入り、何気なくラインナップを見ると、先日ガストが分けてくれたスポーツドリンクがあった。
ガストの口ぶりからこの商品はマイナーらしいことを覚えていた。レンは一本購入すると、キャップを開けずに頬に当てた。
沁みるような冷たさが熱と拮抗するのを心地よく思いながら、見上げると完全に日が沈む直前の紫の空に金星が見えた。
暫くそれを見てから、漸くレンは甘くないスポーツドリンクを喉に流し入れた。飲みながら、もう一本同じものを買った。
「うわっ…どうしたんだよその顔」
部屋に着くなりガストは予想通りの反応を見せた。
「大したことない」
「結構腫れてんぞ、なんかケンカでもしたのか?」
消毒は、湿布はと騒ぎ出しそうなガストの目の前に、バッグから取り出した例のスポーツドリンクをずいと差し出した。ガストはきょとんとしてペットボトルとレンの顔を交互に見た。
「え?なんだ?」
「レッドサウスのどこかにあったから買った」
「どこかって…お前」
そこまで言ってガストは吹き出した。方向音痴のレンはもう二度とそこに行けないことに気付いたのだった。
「なにかおかしいか、……まあ、いつでも休憩スペースで買えるけどな」
「や、わざわざ買ってきてくれて嬉しいよ、サンキュー。でも勿体無くて飲めねぇかもな」
「飲め」
そうして大人しく手当てを受けながら、それでも目を合わせるのは癪なので、湿布越しに自分の頬に触れるガストの指先を見ていた。
「よし、これでいいだろ……あんまさぁ、ひとりで出歩かねぇほうがいいんじゃねーか?」
「俺は園児か何かか」
イクリプスをひとりで殲滅したことを言い忘れていたのにレンが気付くのは翌日になってからだった。
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