diary


 サーバルキャットを動物園に返して一週間が経った。

 寂しくないといえば嘘になる。ベッドに座ればあいつも座ってきて、擦り寄ってきた。その時の温かさや柔らかい毛並みの触り心地を思い出すと喪失感に襲われたが、今は元通り家族と仲良く暮らしているのだと思うとどうにか持ち直すことが出来た。その繰り返しで不在に慣れつつあった。

 ブラッドとの個別面談の時間が長引いて少し遅くなってしまった。部屋に帰ると銃の手入れをするガストの姿があった。

「おーお帰り、遅かったな」

「……お前も珍しいな、最近いないことが多いのに」

「今日は用事ねぇんだ」

 弟分のごたごたの世話か何かをしているらしい。いつもながらご苦労なことだと口には出さず呟く。部屋着に着替えてベッドに座ると目を閉じて一息ついた。そのまま天井を見上げている間に隣に座ったのはサーバルではなく同室の男だった。

「おい、何なんだ」

「久々に夜に時間合ったなと思うと、なんかこう、つい」

 つい、で押し倒されるのは堪ったもんじゃないが、キスをされると身体の力が抜けてしまった。柔らかいベッドマットの感触を背中に受けて一瞬眠りそうになる。ガストの手がシャツの下から入り込んできて、否応なしに意識が引き戻された。

「ごめん。疲れてるよな……」

 そう言ってガストの手が肌から離れそうになる。その指先を掴んで止めた。

「こんな途中でやめるな」

 サーバルとは違うが柔らかい毛並み、(人間に毛並みという言葉は使わないだろうがその時はそう思った)鳶色の髪に触れて撫でると、「じゃあ遠慮なく」と嬉しそうに笑った。



「明日さ、動物園行かねぇか?」

 Tシャツを頭から被ったところで、まだ何も着ずに寝そべっているガストが言った。

「サーバルか」

「動物園に返したときから思ってたんだよ、絶対またレンと見に来ようって」

「……」

「この一週間元気ないの分かってたけど、何かと構うとうざがられるの分かってたし、お前もやだろうから我慢してたんだよな」

「よく分かってきたな…」

 俺のテンションの上下なんて細かく認識できるのはウィルくらいのものだった。自分自身でさえ持て余している有様だ。素直に、ガストに対して感心していた。感謝も少しだけ。



 翌日は雨だった。

 ガラスの向こうのサーバルキャットは家族らしき数頭と寄り添って眠っていた。

「あー…、起きてたらレンのほうに寄ってきたかもな」

「昼は寝てることが多い」

 それでもよかった。帰る場所が平和ならそれだけで何よりのことだった。

 小雨なので面倒になって傘を差さずにアイスコーヒーを飲みながら歩いた。昼間の動物園は大抵の動物が寝ている。まったく脈絡もなく、ヴィクターの言った「にゃー」を思い出し、少し笑った。隣を歩くガストが驚いたようにこちらを見た。

「え? どうかしたのか」

「思い出し笑いだ」

「ふーん。……なあ、また飼おうぜ。猫」

 当たり前のようにこいつの頭の中の未来には俺と、色も模様もまだわからない猫がいるらしかった。

「そんな先のこと……、」

 その先を言う前に頭の上に手を置かれる。「だいじょうぶだよ」と根拠もなく言い放たれた言葉が手のひらの体温と一緒に染み込んできた。追い払うように頭を振ると、おお、という声と共にガストの手が浮いた。

「なんかいっそう猫っぽくなった気がするなー」

「面白がるな」

「結構髪濡れてるぞ、入れよ」

 ガストが灰色の傘を差しかけてきた。

 そういえば前にもこんなことがあった気がする、とぼんやり思った。