晴天の昼下がり、ベレトは休憩時間に中庭の木の根元に寄り掛かって、木漏れ日の中でうたた寝をしていた。
アッシュは幸運にもそんな彼を誰よりも先に発見した。幸い、他に人の来る気配もない。勘の鋭い元傭兵を起こさないように、足音を消して彼に近寄る。
少し疲れていたのか、思いのほか眠りは深いようで彼は起きることもなく規則正しい寝息を立てている。アッシュは傍らにしゃがみこんで、ベレトの寝顔を覗き込む。
(やっぱり、睫毛、長いなあ)
いつもそう思っていながらも、他の級友達の手前じっくりと見ることはかなわないベレトの顔を、この機に乗じて見つめた。
ベレトに、好意は伝えていた。生徒であり、子供であるところの自分は本気にされないだろうことも予想していた。
だから「とても嬉しい、ありがとう」とだけ言われて終わった時も、その場で狼狽したりすることもなく済んだ。無論、悲しいことは悲しかったが、前もって心の準備をしていたことで何とか耐えられた。
だがそうして封じ込めた気持ちがすぐに消える筈もない。
(こんなに近づいても起きないし……)
アッシュはますますベレトとの距離を詰めると、何度かの躊躇の後、ついに彼のくちびるに口づけた。
時間にしてそれは5秒程ではあったが、鼓動が鳴りやまないアッシュには随分と長い時間に思えた。起きないうちに、と思い、漸くくちびるを離そうとすると、アッシュの後頭部に何かが触れた感触があった。ベレトの手だった。
驚いたアッシュが咄嗟に顔を後ろに引こうとするも、その手に阻止され、くちづけは続いた。それどころかベレトのほうからアッシュのくちびるを捉え、啄むようにして吸った。下くちびるにベレトの舌の感触がして、思わずのけぞると、ベレトの目は当然のように開いていた。
腰が抜けたようになって草むらに両手をついて座り込むアッシュを見ながら、「甘い味がする」とベレトは呟いた。
「……お昼に、ブルゼンに蜂蜜をかけて食べたので」
「相当甘いな」
「せ、先生、起きてたんですか、ずっと!」
「途中から起きていた」
曰く、近くに来てじっと見られていた時からだという。
「た、倒れそう……というか気絶してしまいたい」
顔から火が出そうなアッシュが思わず両手で顔を覆い、弱々しい声で言った。
「気づかれる前に、逃げようと思ってたのに……もう、振られちゃってるのに、困りますよね」
「嬉しい。好きだから」
え。と呆けた声を上げて、アッシュはベレトを見た。
「僕、この前振られたのでは」
「そんなつもりはなかったが……ああ、こちらの気持ちを伝え忘れていた」
つまり、と区切って、ベレトは呆然とした表情のアッシュを見据えて言う。
「アッシュと同じ気持ちだから、今みたいなことをした」
いつもの表情で、あまりにも何でもない風に言うので、冗談ですか、とアッシュは尋ねてみたが、ベレトは首を振った。
その日の午後からの授業では、理学の抜き打ちテストがあった。
舞い上がって上の空のアッシュの点数はクラス平均点を下回ってしまった。採点後のテスト用紙を手渡しながら「居残りだな」と言って少し笑ったベレトの顔を見たアッシュは、今度こそ本当に倒れそうだった。
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