クラン、と困ったような表情でリュールに呼びかけられて、初めて自分が瞬きもせずにじっと固まっていたということに気づいた。はっとして顔を上げると、向かいに座ったリュールが左右異なる鮮やかな色の瞳を細めて微笑むのが見えた。
「よかった、目を開けたまま寝てしまったのかと」
「すみません! ちょっとぼんやりしてしまって」
笑って応えながら何気なく合わせた視線を外せなくなる。いつもそうだった。その吸い込まれるような瞳の色を、傍らにいた妹と初めて見たときから変わらない。
堪えきれなくなって想いを伝えて、晴れてこうして一緒に過ごすようになってもなお、ますます気持ちが膨らんでいくようで、クランは近頃自分が少し恐ろしかった。
「何をそんなに熱心に見ていたんですか?」
言って、何も知らないリュールはティーカップを手に取り口元に運んだ。
その指先をじっと見ていたのだなんて、ましてや自分に触れて欲しいだなんて口が裂けても言えない。ファンクラブも解散である。クランは目をそらし、明日の予定について考え事をしていた、と適当な言い逃れをした。
最近は毎晩眠る前にこうしてリュールの部屋で過ごしているのだが、日が経つにつれてリュールを見るたび身体の内側の温度が上がっていくようで、一緒にいられる嬉しさより何らかの苦しさが上回りそうになり困惑していた。しかしそんな複雑な思いを伝える自信も、伝えたところで受け入れてもらえる確信もクランは持てなかった。
とりあえず今日のところは自室に戻ろうと思い立ち上がる。
「じゃあ…明日僕は朝早いので、今日は戻りますね。おやすみなさい」
踵を返して歩き出す。扉の前まで来たところで、肩を軽く掴まれる。欲しくてたまらなかったリュールの手の感触だった。
どうかしたのですか、とリュールが言い終わらないうちに、クランは思わず振り向いてリュールの背に手を回していた。抱きしめる、とまでいくのは畏れ多い気がして、あくまでも密着はしなかったが、自分からここまで距離を縮めたのは初めてだった。
少し戸惑いながら自分を呼ぶ声が降ってくるのを聞きながら、しかしどうしても顔を見ることはできずに額を目の前の胸元に預けた。
「神竜様……ごめんなさい…、どうしても神竜様に触れたくて、僕は……」
ぎゅっと目を瞑り、一時の感情で暴走してこんなに近くで触れてしまった自分を恥じた。あと少しで泣いてしまっていたかもしれない。そんな時、ふふ、とリュールが笑う声がした。不思議に思いながらも依然として動けずにいると、頰のあたりに指先が触れた。そのまま顎を軽く持ち上げられるとキスをされた。
時間にして5秒ほどだったにも関わらず放心状態となっているクランにリュールは言う。
「私ももっとクランに触りたいと、ずっと思ってました」
少し赤くなった彼の頬を見て、クランは今度こそ臆することなくリュールにくっついて、腕を回して抱きしめた。
「……ところで、神竜様はその…キスをするのは慣れているんですか…?」
「ああ、この間散歩していると、キス?をしている人たちを見たんです。恋人同士はそうするのかと思ってしてみました」
そう言っていつものように笑うリュールを見ながら、誰と誰だったんだろう、と疑問にはなったが訊くのはやめておこうと何となくクランは思った。
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