花に葉にふれる春

※大人の方のみどうぞ






 思い描くそれは春の風景だった。日本には、桜というピンク色の綺麗な花があるんだとウィルが昔言っていたことを、花に興味の薄いレンは当然覚えてはいない。彼にとっての春の風景は大多数の人間と同じように、花咲く野原や瑞々しい新緑といったステレオタイプなものである。


 冷たい季節をやっとの思いで通り過ぎて日に日に上がる気温を肌で感じる頃、レンはいつも安堵のため息をつく。ポインセチアの赤い花弁が視界に入るたびに気分が沈む時期は乗り越えても乗り越えても毎年訪れる。それでもそれさえ過ぎればあとは春を待つばかりで、あと一年はこんな憂鬱な思いをしなくていいと考えると少しだけ夢見が良くなる。あくまでも少しだけだが。

 司令室に入ると、至る所に鉢植えの花や観葉植物が置いてあり、レンは一瞬面食らった。ウィルの実家で買ってきたんだ、と司令は嬉しそうに話した。

「たくさんあるし、ひとつ持って行く? 目が疲れたときには緑のものを見るといいらしいよ、レンは読書家だから目疲れやすいでしょ」

 いつもなら、面倒くさいし要らない、と答えるところだが、疲れ目対策について言及され少し興味が湧いた。鉢植えの花よりは観葉植物のほうが世話が簡単だろうと思い、小さめの植木鉢のひとつを貰い受けた。

 早速部屋に置く。モノトーンのシンプルな室内に緑が映えた。植物とはいえ、生き物が部屋にあるのは何だかいいな、とも思った。鮮やかなその色がレンに春の訪れを感じさせる。彼には色とりどりの花でなくとも、この緑の色ひとつで十分だった。眺めているうち、仕事終わりの疲れがじわじわと彼の瞼を重くした。少し寝よう、と思いベッドに転がるなりたちまち軽い寝息を立てて眠りに落ちた。

 少ししてガストが部屋に入った。

「また寝てんな…」

 呟いて通り過ぎようとして、見慣れない観葉植物に気付く。買ったのかな、と大して気にも留めずに歩き去った。


 数日後の夜、レンは植木鉢の前で眉間にシワを寄せていた。その後ろ姿を、ガストは自室でくつろぎながら見るともなしに見ていた。やがてレンはおもむろに部屋を出た。一体何なんだ、と思ったガストが目を凝らして観葉植物を見ると、どうやら葉がしおれてしまっているようだった。

 少ししてレンはウィルを伴って部屋に戻った。ウィルは、ベッドに寝そべってこちらを見ているガストを一瞬視界に入れた後はすぐにレンと共に植木鉢のほうを向いた。

「あー、これは水やりすぎかな」

 まだ根腐れってほどでもないと思うけど、とウィルが続けると、レンは葉に触れながら「大丈夫なのか」と言った。

「うん、水は一日一回でいいよ。やり過ぎるとほんとに腐ってきちゃうから」

「…わかった」

 ありがとう、と少し微笑むレンの横顔が見えて、ガストは複雑な気持ちを抱いた。俺にはあんな顔してくれたことないよなあ…などとぼんやり考えている間にも、二人は談笑を続けていた。

「司令はお前の家の売り上げに相当貢献してそうだな」

「あはは、そうそう、片っ端から買ってて、結局俺も運ぶの手伝うことになっちゃって…」

 そこには観葉植物とレンとウィルだけの世界があり、少し離れて寝そべるガストはその傍観者でしかなかった。

 いや、傍観もやめよう、あほらしい。そう思いごろりと仰向けになった。

「あほらしい…?」

 いつの間にか二人が出て行っていた部屋でガストは呟く。

 何でそんなことを。まさか嫉妬ってヤツか? などと考えながらむくりと起き上がると、植木鉢から伸びる緑を見つめた。しおれた葉が今の自分の気持ちを表しているようで、名も知らぬその植物に同情してしまった。

 ウィルを廊下まで見送ったらしいレンが部屋に戻って真っ先に目に入ったのは、自分のベッドに神妙な表情で座るガストだった。

「お前…なんで俺のベッドに」

 神妙な表情のまま無言で手招きするガストに、「指図するな」と言いつつもレンは近寄った。途端、ぐっと腕を引き寄せられ、ベッドに倒れた。あっという間に組み敷かれ、キスをされる。

「俺はあの植物が羨ましいよ」

「は……?」

 そう、レンから腐るほど水を貰える植物が。心配そうにそっと指先で触れられる植物が。

「頭は大丈夫か」

 決して心配そうな表情ではないにしても、レンはガストの額にそっと触れた。あ、ひとつ叶った。そう思ったガストは笑ってしまった。

「おかしくなったかもな、レンのこと好きすぎて」

 言って見つめてくる瞳の色は思い描く春の風景の中の若葉と同じだった。

 雪の降る季節にいつものように発作の如く辛い気持ちが襲っても、こいつの目を見れば今までよりは平気になるのだろうか。そんなことを考えながら、レンは首もとに顔を寄せてくるガストの後頭部に手を置いた。





 レンの首にキスをすると、頭に手が乗せられた感触があった。

 久しぶりのセックスで、というかもともと数えるくらいしかしたことがない。特に冬の間は、あまり寝れなくなったレンが目の下に隈を作ってたりするのを見て、そんな可哀そうな状態で手なんか出せるわけもなく、だから最後にいつしたのかははっきり思い出せないくらい遠い。

 頭に手を置かれたまま俺は、久しぶり過ぎるレンの肌のにおいを吸った。なんか自分が大きい犬になったような気分だった。

 顔に手を添えて、耳のあたりにキスをすると「ふ、」と笑い声が漏れた。顔を見ると特に笑顔というわけでもない。レンにはよくあることだ。

「そう言えばさっき笑ってたな、ウィルといるとき」

「別にそんなの意識してないし、覚えてない」

「俺は覚えたよ、珍しいなーと思って」

「覚えなくていい、そんなの」

 そう言うとレンは俺のカチューシャを取った。途端に視界が前髪に覆われた。

「うわっ、何も見えねぇ」

 するとまた小さく笑い声がして、俺は前髪を分けて隙間からレンの顔を見る。今度こそ笑っていたが、なんか、ウィルに対しての時の笑顔とは違う。でもそんな意地悪めな顔にも興奮してしまう。早く脱がしたい。

 キスをすると俺の前髪がぱらぱらとレンの顔に当たった。くちびるを離すとレンは不快そうな顔で「かゆい」と呟いた。

「わりぃ、でもお前がカチューシャ取るから」

「その頭だと、別人みたいになって面白い」

 面白いと言いつつまた無表情だった。まあいい、いつかはさっきの笑顔を俺にも向けてくれる筈だ。たぶん。きっと。

 感じて、震えるレンの手が枕を掴んでいた。見た目のわりに力があるので、枕を破りかねない。手を取ると俺の肩に回させた。

 久しぶりの行為で中はとても狭くその上きつく締め付けてくる。突くたびにローションがぐちゅぐちゅ音をたてた。それがエロ過ぎるし、気持ちいいしで、頭の中がくらくらした。気を抜いたらイッてしまいそうだったが、まだレンの気持ちよさそうな顔を見ていたかった。

「…は…ぁ、…あっ…んんっ…!」

 目を閉じて喘ぐレンの髪を指先で撫でる。気持ちいいか、と訊くとうすく開いた目は潤んでいた。俺はたまらなくなって、名前を呼びながら深いところまで突く。抱きしめたレンの身体がびくんと痙攣して、急な俺の動きを受け止めようとしていた。

 イッてしまいそうだったので動きを止めて、暫く呼吸を整える。耳元で、レンの荒い息遣いが聞こえた。ふいに、小さく名前を呼ばれる。

「…どうした」

 顔を上げてレンに顔を向けた。するとレンの手が俺の顔に伸びてきて、垂れた前髪を上のほうに押さえた。

「お前の…目、見たい…」

 その一言で興奮が最高潮に達してしまった俺は、そのままレンを見つめながら強く何度も突き上げた。身体が揺れるたびにレンの口からやらしい声が漏れた。レンは苦しそうに喘ぎながらも、俺から視線をそらさない。こんなに見つめられたことは、正直言って未だかつて無い。見てくるわけはよくわからないが、とても幸せな気分だった。

 いよいよ限界になって、俺は腹に当たるレンのそれを扱いた。もうぬるぬるになって今にもイッてしまいそうだったので、先にイカせてやろうと思った。手で包んで擦ってやると、「あっ」という可愛い声をあげてレンが中を締め付けてくる。やばい。

 出るぎりぎりのとこでどうにか我慢しながら手を上下し続ける。レンは力なく手を俺のその手に添えながら言う。

「も……いき…そ…」

「俺も…もうやばい…」

 一緒にイけるかな、と思いながら上下する手を早めた。思った通りぎゅうぎゅうに締め付けてくる。気持ちよくて思わず声が出てしまう。

「くっ…」

「ん…っ……ぁあ……あ、」

 最後に奥の奥まで押し込むと、レンは体を震わせてイッた。精液がどろっと自分の手にかかるのを見ながら、俺もゴムを隔てた中で出した。



 メンターは揃って出張任務なので、今夜は久々に同じベッドで寝ることになった。シャワーを済ませてシーツに潜り込む。少ししてレンが来て、観葉植物の前に立った。

「どうかしたか?」

「いや…本当に水をやらなくていいのか不安になった」

「花屋のウィルが言うんだから間違いないだろ」

「まぁな」

 言って、隣にレンが寝転んだ。シーツをかけてやると、仰向けのままでちらっとこっちを見てきた。

「何だよ? なんか、やたら目合うな」

「……植物も、お前と同じくらいぎゃーぎゃー喋れたら、水をやり過ぎたりしなくて済む」

「えぇ…?」

 わけがわからず困惑していると、レンは目を閉じてそのままさっさと寝てしまった。なんなんだ、と思いながら俺は特に意味もなく観葉植物に目を向けた。暗くなった部屋に浮かぶのは相変わらず元気のない葉のシルエットだった。俺は元気になったしお前も元気になるといいな、とか、名前もよく分からない植物を励ましながら、枕に頭を沈めた。