花曇り

シノワズリイベのときのです。
※ぬるいですが大人の方のみどうぞ







 サクラを見に行こうぜ、とガストが誘うと、「店の手伝いが終わってからならいい、丁度帰り道に桜並木がある」とレンは言った。

「あの…お茶屋だっけか? まだ手伝いが続いてんのか」

「少し前に終わってるが、明日は何かの取材が来るからまた行かないといけないらしい。これで最後らしいが」

「へー。ご苦労な感じだな」

 じゃあ終わる頃に店の辺りまで迎えに行くよ、と軽く約束して翌日、オフで暇を持て余したガストは店仕舞いの少し前の時間からチャイナタウンをうろついていた。生憎の曇天で少しだけ肌寒い。吹く風も暖かいとは言えないが、それでも真冬より遥かに柔らかくなっている。春の近づいた気配は十分にしていた。

「…お、まだやってる時間だけど着いちまったな」

 外から店内を何の気なしに見やる。レンやマリオンが都合よく見られるとは思わなかったが、予想外にもしっかりと目にすることができた。ガラスの向こうのレンは青いチャイナ服姿で茶を運んでいる。

「え」

 思わず驚きの声が漏れる。

 おいおい、何だあの格好、取材だからか?と考えるや否やレンの少し向こう側にカメラを構える記者らしき人物を見つけた。そのまた店の奥のほうには白いチャイナ服に身を包んだマリオンも見えた。なるほどやっぱ撮影だからか、と気を取り直してレンを目で追う。窓際の席に茶を運んだレンは客に軽く茶葉の説明をし、少し微笑むと厨房へ去った。

「うわあ……レンが接客してんじゃん……しかもちょっと微笑んでんじゃん…」

 これまでに見たことのない珍しい姿に胸を撃ち抜かれ、ガストは頭を抱えた。ここが往来のど真ん中でなければしゃがみ込んで悶えているところである。

 そういやあ、ちょっと丸くなってきたような気はすんだよな、とガストはぼんやりと思った。

 店が終わるまでの時間を潰そうと、出会った頃のことを思い出しながらあてどなく歩き始めると、顔の横をひらりと花びらが舞った。見上げると灰色の空が一面、靄のように桜に覆われていた。


「じゃ、申し訳ないけどレンくん鍵閉めお願いね、お疲れ様」

「…お疲れ様でした」

 撮影は無事に済み、営業時間も終了した。マリオンはメンター会議に出席する為一足先にタワーへ戻った。店長は急用が入り、代わりにレンが最後に店を出ることになった。厨房の電灯を消したところで「レーン」と店の入り口のほうから声がした。

「お前か。丁度いい、そこの扉の鍵を閉めてくれ」

「ん、閉めていいのか」

「今日は店長の代わりに店を閉める。着替えて裏から出るから更衣室で待ってろ、もう少しかかる」

「了解~」

 言われた通りに更衣室でガストが待っていると、ややあって作業を終えたレンが現れた。

「お疲れ。いやー似合うなソレ」

「マリオンだけで十分だと言ったら、ほとんど無理矢理着せられた」

 ボクだけがまたこんな屈辱を味わうのは許せない、と激昂する姿が目に浮かぶようだった。

「はははっ、だろうなぁ」

「……着替える」

 言ってレンが椅子に腰掛けたガストの横を過ぎようとすると、手首を掴まれた。

「あー…、もうちょっとだけ見てたいんだけど、ダメか…?」

 ガストの明るい色の瞳がレンを見上げ、真っ直ぐに見つめてくる。この瞳に弱いのだとレンは少し前から自覚していた。

 手を引かれ、いつの間にかレンは向かい合う体勢でガストの膝の上に座っていた。軽くくちびるを合わせた後、レンの片耳の飾りに指先で触れる。

「なんかさ、雰囲気変わるよな」

「こういうのは付けたことない」

「可愛い」

 うれしくない、と呟くレンの耳に指先を這わせながら再びキスを始めると観念したように目を閉じて、小さく喘いだ。

「ん……」

 指先で耳や髪に触り続けているとレンが微かに身じろぎを始める。疼きだしているのだということが手に取るように分かる。キスが終わると互いの荒い呼吸が更衣室に響いた。

 ガストが夜間居ないことが多かったために、こういった行為は久々だった。特別我慢をしていたわけでもないが、触れ合うと瞬く間に熱が上がって理性が溶け出してしまう。目の前のレンの、よく見ると光沢のある素材のチャイナ服をたくし上げると白い肌が現れ、ガストは目の眩む思いだった。そのまま上のほうまで捲り上げると薄く割れた腹筋から胸までが晒され、我慢できずに薄桃色の乳首に舌を這わせた。舐める、吸うを繰り返すうちに鮮やかに色づいていく。

「ぁ、…やめ…そこばっか…っ、」

 それなら、と少し離れたところにも跡を残していく。理性の溶けかけたガストの脳裏に、先ほど見た桜の花が浮かんでいた。

 吸いつく度に身体を震わせるレンの耳飾りが揺れて微かに音を立てる。何もかもが扇情的だった。ガストが下半身に手を伸ばそうとしたところで、その手を掴んで止められた。

「こんな所でしたくない……それにこの服は借り物だから、汚すとまずい」

「あ…わりぃ、……はぁー、でももう辛抱できそうにねぇ」

「…俺もだ」

「えっ」



 花曇りの空の下、チャイナタウンの提灯はぽつぽつと灯り始めていた。二人は素知らぬ顔で店を出ると、タクシーに乗り込んだ。ホテルに着くまで一言も喋らずに、窓の外に流れ去る桜を見る振りをして、座席の上で絡め合った指先の感触や体温を味わった。

 部屋に入った途端にキスをしながらベッドに倒れ込んだ。レンの制服のネクタイを解き、上からひとつひとつ釦を外していく。露わになった肌にはついさっき付けたばかりの跡が散らされている。



「そういえば、サクラを見るんだったな」

 行為の後の余韻や疲労感で一瞬眠りに落ちそうになっていたところにそんなガストの声が聞こえ、目を開けて彼のほうを見た。

「レンがあんな格好で店にいたもんだから、その衝撃ですっかり忘れてた」

「おい…何だその言い草は」

「はは、褒めてんだよ」

 言いながらガストはカーテンを捲って外を確認した。陽はとうに沈んでしまっていた。

「……俺は夜桜のほうが好きだ」

「OK、んじゃシャワー浴びて、夜桜見て帰るか」

 

 ガストが先に入った浴室から聞こえる水音を聞きながら、レンは天井を見るともなく見ながら思考していた。

 わりと何回もいやらしいことをしてきて、あらゆるところを見られている筈なのに、帰りに猫マントウを食べたいと言うほうがちょっと恥ずかしい気がするのは何故なのか少し考えて、やはりわからずに目を閉じて、ひっそりとひとりだけで笑った。