クランの手のひらにあるのは、小さな頃であれば描くことすらなかった、今も到底信じられないような未来だった。自らの、勢いにも似た行動によって思いがけず受け取ることとなったその指輪に埋め込まれた石は、空や海に例えてもしっくりこない不思議な青色をしている。手のなかのそれを見つめた後、中指に嵌めて、少し迷ってからそっと外した。
リュールのパートナーとして公になった後も幾度となくクランは自室でひっそりと恥ずかしがったり落ち込んだりを繰り返していた。主に思い返すのはやはりリュールに想いを伝えたときのことで、「今になって思うとなんであんなことが言えたのか」とか、「あのとき神竜様が受け入れてくれなかったら今頃僕は…」などとそういったことを考えては羞恥を覚えてベッドに倒れ伏したり、無気力になりそのままうつ伏せでじっとしているところをヴァンドレに見つかり小言を貰ったりなどしていた。
この情緒不安定の原因は、パートナーとなったのをきっかけに何度かキスをしたり抱き合ったりしたことで感情が暴走気味となったせいなのだと自覚した。
(ただでさえ信仰心重めなのに……)
クランは震える手で机上の、出来上がったばかりの神竜ファンクラブ会報を取った。爽やかな笑顔のリュールと腹を見せて寝転がるソラが印画されている。今号のレイアウトはフランが担当したものだ。
「はあ……やっぱり好きだなあ……」
守り人であり、ファンクラブ会長であり、そして今やパートナーとなったクランは会報をじっと見ながらいまだに片思いの乙女のようにため息をついた。
これ以上暴走してしまうとまずい気がしたため、身体的な接触は控えるようにしようとクランは人知れず誓った。
「最近、クランの姿があまり見えないような」
数日経った朝、リュールは不安げにフランにこぼした。
「ああ、グリフォンに乗って色々と外での仕事をしてるので心配しなくても大丈夫ですよー!」
いつもの明るい調子の返答に思わずつられて笑ってしまう。
実際、臣下の行動は把握しているのでフランの言葉に疑いはなかったが、何故こんなに急に外での仕事を増やし担うようになったのかがリュールには気にかかっていた。
各地に残存する異形兵の討伐に少々人手が足りていないこともあって、好都合とばかりにクランは近頃主にそういった任務に赴いていた。上空からの遊撃を行いながら時に現地の兵の指揮をとることもあった。
守り人は基本的に神竜の傍に仕えていることが多いが、この武者修行じみた実戦経験のおかげでこれまでよりずっと戦闘力に自信がついたように思えた。
(これで神竜様をもっとお守りすることができるかも)
そう思いながら足取りも軽くソラネルに帰還したクランの衣服は戦地での汚れでお世辞にもきれいとは言いがたい状況だった。傷は現地の教会で癒してもらえるが、衣服は帰還後どうせすぐに入浴するからと替えを持って来ていなかった。
「は〜、疲れてお腹すいた……ん?」
前方から小走りで近づいてくるのは、見間違えようもないリュールその人だった。
「クラン…その姿は…」
「は、はい、異形兵の討伐でちょっと」
どんどん距離を詰めてくるリュールに対し同じ速度で後ずさっていたクランだったが、間もなく背中に木の幹が当たり動きを止めざるをえなくなった。
「どうして逃げるのですか」
しょんぼりとしたリュールの表情を見ると罪悪感に苛まれ、すべてどうでもよくなって不敬にも抱きつきたくなってしまうが堪えて言う。
「その…血とか土とかでかなり汚れてるので」
「構いません」
背後の木ごと抱きしめる勢いのリュールの腕が背中に回された感触にクランは顔が熱くなり倒れそうになった。接触を控える誓いは一瞬で無に帰し、意志の弱い自分を呪った。
「あんまり…無理はしないでください」
そう言って気遣わしげに自分を見るリュールの瞳の色の半分は、あの指輪と同じ色をしていることにクランは気づく。空でも海でもない、この色なのだと感動にも似た感情を抱いた。
もっと強くなるためにもまた異形兵の討伐には参加するつもりだが、そう告げると「私も行きます」と言い出しかねないので、クランは「はい」とだけ返してリュールの背に手を回した。少しだけついた自信のおかげで、これからは臆さずに触れ合える気がしたのだった。
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