ビリグレとガスレン前提のグレイとレンの話
その1
ひょんなことから恋の話になった。
ひょんなことからって言うか、僕が思い切ってレンくんに聞いてみたんだけど。
「あ、あの……おととい僕、談話室でレンくんとガストくんを見たんだけど……」
そこまで言ったところで、やっぱり言うのやめようかな、と思って弱気になる。隣に座るレンくんは怪訝な表情で僕の顔を見た。今はパトロールの休憩中で、ベンチに座って二人でコーヒーを飲んでいた。
「キス、してたよね…?」
思い切って告げるとレンくんの表情が固まって動きも止まる。目を閉じてうつむいて、少しするとまた僕のほうを向いた。
「見たのか」
「え」
「口と口がくっついているのを見たのか」
僕が見たのはレンくんの後ろ姿で、目を瞑ったガストくんがレンくんの顔に顔を近づけていた光景だった。キスしてる、と思って慌てて逃げたので、その一瞬だけの目撃だった。
それを伝えると、レンくんはすぐさま「なら見間違いだ。キスなんかしてない」ときっぱり言い放った。
それはさすがに無理があるような……。
僕の少し冷めたコーヒーにはたくさん砂糖が入っていて、レンくんのはブラックだ。甘いコーヒーを一口飲んで、僕はビリーくんのことを思い出す。思い出しながら話す。
「僕の好きな人は」
レンくんがコーヒーを啜りながらちらっと僕を見た。
「年下なんだけど、明るくて、優しくておもしろくて、強くて器用で、頼ってばかりなんだ」
でも。
また僕は、途中で言うのをやめたくなっている。さっきよりももっと弱気になる。
ずっと思ってて、でも誰にも言えないし言ったことない。
「……時々、何を考えてるか分かんなくて、こわくなる」
ゴーグルの下の青い目が時折冷たかったり、少しだけ低くなる声色だったりとか、そういうこと。同じ部屋で、何度かキスしたこともある。好きだよ、グレイ、と耳元で言われたときの声は忘れようとしてもたぶんずっと忘れられないと思う。だけど僕はビリーくんのことを何も知らない。有料でもいいから教えてくれないかな、と思うけど、きっとうまくはぐらかされてしまうんだろうな。
レンくんは前のほうを向いて、通り過ぎる人の群れを見るともなく見ているようだった。そしてぽつりと言った。
「俺もそうだ」
「え…レンくんも?」
「そもそもお互いに過去の話をしたりしないけど、あいつはよく喋るわりには、自分のことを話したがらない」
意外だった。ガストくんってそうなのか。
「…こわいとかはないけど、胡散臭いと思うときはある」
「そ、そうなんだ」
というか、レンくんはもう普通にガストくんとのことを否定せず話してくれている。
こんな話ができるようになるなんて、少しは仲良くなれたのかな、と思って嬉しい。
「そこ、喜ぶところか?」
「へ?」
「今、お前のまわりに、なんか花が飛んでるのが見えた」
「あっ…こ、これは気にしないで」
ふーん、と言ってレンくんはコーヒーを飲み干した。それを見て僕も慌てて甘いコーヒーを飲み終えた。そろそろ休憩も終わりだった。
僕はまた、こんな風に話せたらいいなと思う。今度また、ガストくんとのことを聞かせてほしいな、と言おうか迷う。
レンくんはさすがに怒るかな。
その2
レンくんのスマホが振動を始めて、その画面には「ガスト・アドラー」と表示されている。レンくんは一目見ただけで何もせずに放置して、再び本に目を戻した。
「……出なくていいの?」
「問題ない」
今日はオフだし天気もいいので、たまにはゲームやめて屋上に行ってのんびりしよう、と思ったら先客のレンくんがいたのだった。この状況になるのは二度目で、前のときもレンくんは本を読んでいたし僕は近くに座らせてもらってひたすらぼんやりしていた。
僕はひとりが好きなのか嫌いなのかよくわからない。誰かと一緒にいてもうまく話せないしおどおどしてしまう、それならひとりでいたほうが楽なのかもしれないと思うけど、やっぱりさみしくなるときもある。慣れてるはずなのに。
レンくんとは何も喋らなくても自然にずっといられる。たまに一言二言ぽつりぽつりと会話することもある。だけど気負って、頑張って会話を続けなくちゃいけない、と無理する必要もない。そんな風に思える関係はとても貴重だな、と思う。
レンくんが放置したスマホは暫く振動を続けた後、ついに静かになった。ガストくん…と少し僕は気の毒に思ったけれど、レンくんは何もなかったかのように文字を目で追い続ける。これが僕だったらとてもそんなことはできない、1コール目の途中あたりで即座に出てしまうだろう。
というか、もしかしてケンカでもしてるのかな。
「お前、そういえば」
ふいにレンくんの声がして、僕は慌てて彼のほうに顔を向けた。
「好きなやつのことはどうなった」
ああ、パトロールの休憩中に話したことかと思い出す。
「あはは…相変わらず、何もわからないままだよ」
ビリーくんのことを何もわからないのはこわいけど、キスしたりするたびにその気持ちは誤魔化されて一時的にどこかにいってしまう。でも時間が経つとまた不安になってきて、という繰り返しだった。
「キスしたりは何回かあるんだけど、やっぱり不安なんだよね。…僕みたいなやつを好きだなんて、ほんとかなっていう風にも思うし」
「……お前は、もう少し自分に自信を持ったほうがいいんじゃないか」
僕は驚いて目を見開いてしまった。レンくんが僕にアドバイスをしてくれたのだ。あの寡黙でクールなレンくんが。感無量で、また花が飛んでしまっていそうだった。
そして案の定そうだったようで、レンくんは「花」と呟いて口角を少し上げた。さらに笑顔まで。初めて見たかもしれなかった。
その時、またレンくんのスマホが鳴り始めた。途端にレンくんの顔から笑みが消える。
「ガ、ガストくんと、なにかあったの…?」
僕が尋ねると、レンくんは眉を顰めて、今度は少し赤くなってしまった。今日は初めて見るレンくんが多い。
「……キスしてたら、無理矢理舌を入れられた。殴ってここに来た」
僕はぽかんとして、次の瞬間には少し笑ってしまった。笑うな、と赤い顔のレンくんが言う。
「ご、ごめん、つい。けど、深刻なケンカじゃなくてよかった」
「チッ、あのまま噛んでやればよかった」
ガストくんは喜ぶかもしれないね、などと言いそうになってやめたところで、背後から声がした。レンくんの名前を呼ぶガストくんの声だった。
「やっと見つけた。…あれ、グレイもいるのか、仲いいんだな」
ガストくんが気さくに微笑みかけてくれて、僕は曖昧な謎の笑みを浮かべてみた。
「おい、またあんなことしたら今度は撃つぞ」
レンくんが睨みをきかせながら言う。
「悪かったって!もうしねぇよ。でも普通のやつならいいんだろ?」
「お前っ…」
怒ったレンくんが、逃げるガストくんに銃をつきつける姿を、僕はこの日の陽気のようにぽかぽかした気持ちで見ていた。じゃれあうみたいな二人が、見ていてとても微笑ましかった。
ちなみに僕は初めてのキスのときに舌を入れられてるんだけど、それは黙っておこうと思う。
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