飴色の部屋

数年後設定です



 例えば「好きだ」とか大事なことを言おうとするとき、いつも刺すような鋭い視線が俺の眉間のあたりを貫いた。あいつの氷の弾丸が敵を貫く様をそのとき同じように思い出す、自分がその哀れなイクリプスになったような錯覚を起こす。俺はいったいあと何回レンのこの眼にぶっ倒されればいいんだろうか。答えは決まっている。

 一緒に住もう、と告げると、正面に座ったレンは一瞬だけその瞳を丸くした。その後は俯いてしまった。覗き込むとあからさまに目を逸らす。何度か見たことがある、これは本気で照れているときの表情だ。

「……まさか、予想してなかった…のか?」

 好きだと言って拒絶されなかった。キスをして嫌がられなかった。最近になって初めて一度だけやった。そういう『付き合ってる』状態になってだいぶ経つ。研修期間が終わり今後の住居を決めなければならないこの区切りのいい時に、そういう関係のやつからそういうことを言われるだろうという予想はひとつもしていなかったのか。

「そんな都合のいい妄想みたいなこと、予想なんかするわけない……」

 眉を顰めて吐き捨てるようにレンは呟く。俺と引き続き暮らす今後というのが、こいつにとって都合のいい妄想みたいなものだと思われていたのかと考えると嬉しかった。少しは、いや、思うよりずっとこの数年で好かれていたんだろう。

「妄想じゃねえよ」

 レンの頭に手を置いた。機嫌によっては「ガキ扱いするな」と払われる手も今日は飛んでこない。何も言うことなくこちらを見据えてくる瞳に俺はまたぶっ倒されてしまった。そしてこれからも数えきれないほどぶっ倒され続けるんだろう。




「出会ったときは未成年のガキだったのに、そういえばもう二十歳過ぎたんだな」

 新しい部屋は日当たりがいい。その胡散臭いほどに明るいリビングで目の前でベーグルサンドを齧りながらガストが言う。

「たかだか二歳差で年上ぶるなと昔から言ってるだろ」

「わりぃわりぃ、こうやって見ると大人っぽくなったなと思ってよ」

「お前も老けたな」

「メンターとして貫禄が出てんだよ」

 一緒に住もうと言われたものの、今度はメンターとして研修チームに配属になったガストがこの部屋に帰ってくるのは週末くらいだった。何しろ三年間も同室だったし、もともと一人が気楽なのもあるのでむしろこのくらいが丁度いいのかもしれない。

「数ヶ月でか」

「まーな。で、イクリプス部隊はいつ頃休暇が取れそうなんだ?」

「休暇…?」

「ずっと考えてたんだけど、レンとどっか行きてーなって」

 朝食を食べ終えたガストは頬杖をついて俺を見た。茶色の髪も緑の瞳も、朝の日の光に透けて明度が無駄に高い。何となく直視できない思いで目を細める。

「どっかってどこだ。ダーツバーか。図書館か」

「近っ。…そうじゃなくてもっと遠くだよ」

 遠くってどこだ、と言いたくて上がってしまう口角を隠すべくマグカップを口元に運んだ。言わんとしていることは大体分かってはいるが無駄口を叩いてしまいそうになる、そんな自分に少なからず驚く。口を開くことすら億劫だった時期は昔確かにあった筈だった。それが今はこの有様だ。

 悪くはない。

「考えておく」

 存外あっさり理解を示したせいで目の前の男は呆気に取られた表情だった。

「そんなに驚くことか」

「いや……今日仕事休んで旅行計画練ろうかと一瞬思った」

 真面目くさった顔で言うので思わず笑いそうになる。

「お前…、あほなことばかり言ってメンティーに舐められるなよ」

「こんな情けねえこと言うのはレンの前でだけだよ」

 三年間の同室で見飽きるほどだったのに、最近の週明けの朝は名残惜しく思う。今は口が裂けてもそんなことは言えそうにないが、この三年間で少しずつ変わっていったように、時間を経て言えるようになるのかもしれない。

 また三年後くらいには。